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最高裁判所第一小法廷 昭和48年(す)244号 決定

申立人弁護人

森長英三郎

外六名

被告人大沢三郎外二名に対する昭和二五年東京都条例第四四号集会、

集団行進及び集団示威運動に関する条例違反被告事件(昭和四五年(あ)一二六五号)について、

申立人らから裁判官高辻正己を忌避する旨の申立があつたので、当裁判所は、検察官の意見を聴き、次のとおり決定する。

主文

本件忌避の申立を却下する。

理由

所論は、要するに、裁判官高辻正己は、昭和二五年六月二九日、当時の法務府法制意見第一局長として、昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下、本件条例という)の立案に関する当時の警視総監田中栄一の意見照会に対し、書面により、照会条例案の規制が合憲であり、同条例案中の規制措置に関する文言を一部改めるよう提言した内容の意見回答をしており、本件条例は右意見に依拠して制定されたことが明らかであるから、高辻裁判官は、本件の審理の対象となつている条例の制定過程に関与したものとして、実質的に当事者的立場にあつたものというべきであり、同裁判官が右条例の合憲性を論点とする本件の審理に関与することは、「前審に関与した裁判官」が審理に関与する場合よりももつと直接的に裁判の公正を害するものであるから、刑訴法二〇条七号に準じ、不公平な裁判をするおそれがある(同法二一条)ものとして忌避理由にあたる、というのである。

しかしながら、高辻裁判官が、本件条例の立法過程において、本件条例の立案当事者の意見照会に対し、当時の法務府法制意見第一局長として、照会にかかる条例案の合憲性に関し所論指摘の意見回答をしていたからといつて、所論のような当事者的立場にあつたものといえないことは論をまたないところであり、また、右回答は、道路その他の公共の場所における集会もしくは集団行進および集団示威運動と憲法二一条との関係についての憲法解釈の問題に関してされた質問に対し、行政府の所轄機関の立場でした純然たる法律解釈に関する照会回答であつて、それはひつきよう一般的に一定の法律問題について抽象的な法律上の見解を表明したものにすぎず、特定の具体的事件に関し当事者からの依頼に答えて法律問題に関する助言もしくは見解の表明をしたり、当該事件の訴訟手続内で一定の見解もしくは判断を示した場合とは全く趣きを異にするから、これをもつて当該問題を争点の一つとする具体的争訟につき裁判の公正を妨げるおそれある予断または偏見があるものとすることはできない。このことは、当該争訟における争点が、右の抽象的法律見解に依拠してされた立法の効力に関するものであるからといつて、なんら異なるところはないというべきである。

よつて、申立人らの本件忌避申立は理由がないので、刑訴法二三条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(大隅健一郎 藤林益三 下田武三 岸盛一 岸上康夫)

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